鹿児島県大島郡知名町

1967年08月25〜26


日本の鍾乳洞に戻る

Road Map :上部の沖永良部地図を参照のこと。
Route Map:50年前の話しなので全て忘れていたが、添付の旅行日記を見て思い出した。
日本の鍾乳洞』 今から50年前、初めてケービングした時の記録を掘り出してきた。
ウィキペディアから
1963年に発見された。1964年、愛媛大学助教授山内浩(後教授、日本ケービングの祖)の調査により、上洞・主洞・中洞・下洞の4個の洞穴を総計し3,500mを有し、本土の鍾乳洞と比較し、洞底が平坦でまた上下左右の立体的変化が乏しく、一方向に緩やかに屈曲して進む単純型であり、支洞の数も少ない特徴を有していることが確認された。主に礫岩層により構成され、石灰岩が地下水流により浸食され形成されたと推測される。鹿児島県指定天然記念物に指定されるとともに、観光地化され600mが公開されている。近隣には水連洞、永良部洞、大山水鏡洞などの鍾乳洞や洞窟が発見されている。
沖永良部島の鍾乳洞
このHPを書く為に十何年振りかで沖縄の旅行日記を引っ張り出して読んでみたが、50年前の話であり、全ての事を忘れてしまっていた。そうだったのか! の連続であり、記録は残しておくべきだと改めて思った。洞内の写真が撮れなかったのは悔やまれる。
昇竜洞、永良部洞
当時、大学の探検部でケービングが流行していた。那覇港から鹿児島港へ船で帰宅する途中で我々も沖永良部でケービングごっこをすることにした。観光鍾乳洞と違い未公開の鍾乳洞に入るのは非常に危険であるが、その危険さも感じずケービングに対する何の装備も持たない中で、永良部洞を徘徊した。
しょうりゅうどう  えらぶどう
沖永良部島の鍾乳洞
1967年08月26日 永良部洞
水連洞の上流にあります。
大山の南南西1300m、海抜190m
沖永良部島で最初に開発が試みられたが、昇竜洞が発見されたので自然のままに保存されている。
主洞の総延長は560m
40日間の沖縄旅行日記から抜粋する。
1967年8月25日
〔省略〕昨日と同じ食堂に朝食を食べに行く。 食堂のおばちゃんに昇竜洞行きのバスの時間をバス停の場所を聞いて、バス停に行ってみると日に2本しかバス便がない。 次の便は13時なのでそれまで海に行って時間を潰すことにする。 バス停に戻りバスを待っているとバスに乗るお客は俺たち2人だけなのでバスは出ないと言う。 ええ〜〜! である。タクシーは金が掛かるので歩いて行くことにする。 島を横断する神社からの道を歩き始めるが行けども行けども上り坂が続き、太陽が容赦なく照り付ける。 パンツ、ズボンまで汗でビチャビチャになる。
地図が無いので、この先どこまで歩く必要があるのか全然判らない。
35分で休憩した所から少し歩き進めると「永良部洞150m」と書かれた横道があったので入ってみると、雑草が生い茂りハブが出てきそうな道の先に鉄条網で封鎖された鍾乳洞があった。鉄条網を広げて鍾乳洞に入ってみると床面には水が流れ、コウモリが頭上を飛んでいった。ライトを持って来ていないので ”永良部洞”のケービングは明日に回すことにする。
〔省略〕知名から歩き出してから1滴の水も飲んでいない。汗をかくばかりで体が縮んでしまいそうだ。「昇竜洞まで700m」の看板が出て来た。もうすぐだ。 昇竜洞に行くらしい車が3台、ほこりを立てて走って行った。くやしい!
やっと昇竜洞に着いた。取り敢えず水道に喰らい付いてガブ飲みする。 200円の切符を買って次の入洞時間の3時まで待つ。 3時になると自家発電用のディーゼルエンジンが動き出し洞内の照明が点いた。生まれて初めて入る鍾乳洞、ガイドに付いて説明を漏らさないように聞き入る。
心の中で描いていた鍾乳洞は輝く白さだと思っていたが、ホコリを被っていたり、黄色く変色したりしていたので少々がっかりした。
〔省略〕東洋一の美観と言われている ”銀のすだれ”はダイヤが埋め込まれている様にキラキラと輝きすごく綺麗であった。しかし、おいらにとっては西表島のサンゴ礁の方が綺麗と思う。
〔省略〕今日はたっぷりと汗をかいたので知名の銭湯に行くと入浴料は19円だった。安い!
今日も神社で寝ることにする。
1967年8月26日
ケービングをすると言っても装備は何も無い。昨日の道を30分歩いて ”永良部洞”に着く。
青空もこれで見納めになるかも知れない。遺書でも掻いておくか。
小さなライトしか持っていないので足元しか見えず歩き難い。 進んで行き大きな鍾乳石を乗り越えると広間に出た。無数のコウモリがバタバタと飛んで来て不気味な感じだ。
引き返しのことも考えずにどんどん進んで行くと天井が低くなり頭をブツケそうになる。
観光化されていない鍾乳洞は白くキラキラと輝いていて綺麗だ。 前方がボヤーと明るくなって来た。出口があるのか。〔省略〕枝洞を3つまで見付けたが、迷子になりそうなので深追いはしない。突き当りになってしまったが下に50cm程の隙間があった。ここは通り抜けられるのか相棒に斥候に行って貰うと、しばらくして「立てる高さの所があるぞー」の声が聞こえて来たので追従する。這いつくばって進むので下面のゴツゴツで膝が痛い。更に狭い所に入って行くと体が通れなくなってしまった。 洞内で相棒と離ればなれになってしまう。
〔省略〕何とか入口に戻れたが2人共に下半身はビチャビチャになり、複数の小さな擦り傷を負ってしまった。なにはともあれ、無事戻れたことを喜ぶ。
〔省略〕夜の10時半、はしけで本船に乗り込み、12時に出航し鹿児島港に向かう。
2人だとシャトルバスが出ずに、知名港から ”昇竜洞”まで歩いた。
汗ダクになり歩き続けて ”昇竜洞”に着く。入洞料は150円でガイドが付いて案内してくれる。
当時、ストロボの付いていないフィルムカメラだったので洞内の写真は1枚も無い。
入口付近には南国らしいモンキーバナナがたわわに実っていた。
昨日 ”昇竜洞”まで歩いて行く途中で見付けた未公開の ”永良部洞”
これが ”永良部洞”の入口。立入禁止の看板は無いが、鉄条網が張り巡らされているので当然、立入り禁止なのだろう。18歳の無謀な時期、何の躊躇も無く洞内を徘徊する。
”昇竜洞”と同じ理由で洞内の写真は撮れなかった。相棒も無事出てきたが、狭い通路に身動き出来なったこともあった。ズボンはビチャビチャ、腕は傷だらけで生還した。
ケービングを楽しんだ後は炎天下を歩き、3日間借りている神社に帰る。