標高差:1,640m
累積標高差:2,581m

2015年09月11日


日本三百名山に戻る

静岡県静岡市葵区
登り:6時間37分(休憩時間含む)
下り:0時間12分
(茶臼小屋まで)
コースタイム:7時間17分
(休息時間含む)
ウィキペディアから
山頂付近は森林限界の境界付近で、ハイマツとダケカンバが混じり、ライチョウの生息地となっている。
山頂から北約1.2kmには、亀甲状土の「御花畑」と称する高山植物の群生地がある。南西約400mの稜線上には、仁田池がある。北東約500mの横窪沢の源流部には、1993年(平成5年)にリニューアルされた茶臼小屋がある。山名は、上河内岳側から眺めた茶碗を伏せたように見えるなだらかな山容に由来する。
Road Map :新東名道島田金谷IC→R473→R362→県道77号線→R388→県道60号線→畑薙第1ダム→沼平ゲート。
Route Map:沼平ゲートから林道を歩き、畑薙大吊橋から山頂を往復する。(林道は車に乗せて貰う)
日本三百名山』  沢沿いの道歩きは楽しいが、その後の急登に苦しめられる。山小屋泊りは平日に限る。
茶臼岳
急登が続き苦しい戦いになるのは予想していたが、寝不足もあり予想以上の苦しさだった。序盤の沢道歩きは豪快な沢を見ながら楽しく歩けたが、標高を殆んど稼いでいないので、これが後半の急登に繋がったと思われる。在職中は高性能エンジンを設計していたが、自分自身は古びた低出力エンジンしか搭載していなくて今日の小屋泊りは妥当だった。
茶臼小屋
人気の無い山には貧相な山小屋だろうと勝手に予想していたが、予想は良い方向に転んで立派な良い山小屋だった。富士山からの御来光も望める良い立地条件の所に建っていた。
宿泊者と
宿泊者は二人を除いて年寄りばかりで若者はテント泊としていた。消灯の8時まで山談義をするが、話しに出て来る山名には全て登り済みだったので、話しには付いていけた。
日本百名山狙いの北海道の御夫婦はカムエクに登ったことが無いと言うので少し優越感を感じた。奥さんの方が年上で68歳と聞いてびっくり、部屋にはロデオマシーンとウォーキングマシンがあり、冬の間もトレーニングしているらしい。
明日、5名が光岳に向い、25kgのザックを担ぐ若者だけが上河内岳に向う様だ。
前日の移動
静岡市葵区の天気が良いことを確認して9/10の昼過ぎに自宅を出発する。

新東名道を静岡ICで下りてR362を北上するが、久能尾付近で土砂崩れ通行止め、ならばと以前走ったことのある県道60号線に向うが、この道も大間で通行止。静岡ICに戻り、新東名で島田金谷ICに戻り、R473を北上してR362に合流して畑薙第1ダムから沼平ゲート前の駐車場に入る。
'15年の南アの遠征
  08/11:1日目 茶臼岳(日本三百名山)
  08/12:2日目 上河内岳(日本二百名山)
254〕茶臼 (2,604m)
ちゃうすだけ
赤石山脈
今朝の気温は15℃、寒くはなかった。 4時50分に沼平のゲートを抜けようとしているとジープがやって来てゲートの鍵を開け始めた。
「乗っていくか?」と言ってくれたので喜んで車に乗せて貰う。
マイタケ採りに来たと言う親父は林道をすっ飛ばしてくれた。
4時58分に ”畑薙大吊橋”で降ろして貰う。
歩くと40分掛かる所を8分で済んだのは大儲け!
ヘッデンを付けて全長181mの ”畑薙大吊橋”を渡る。
肉眼では対岸は見えていた。
最初は細かい縦揺れであるが中央付近
では縦揺れに横揺れが混じるうねりの振動になって気持ちが悪い。
この橋を渡るが為の観光客も多いらしい。
大吊橋を渡るとジグを切った急登となる。
ひと登りするとトラバース路となり、雨水で崩れかかった
狭い道が多くなるが問題無く通ることが出来た。
41分にて一つの目安である”ヤレヤレ峠”に着く。 ここでヘッデンを外して上着を脱ぐが地図を車に忘れたことに気付く。 どうせ地図は見ないからまぁ良いかの感じである。 ヤレヤレ峠は特に何も無く、休息ベンチも朽ちてしまっている。 登り時はヤレヤレの位置では無く、下り時にはヤレヤレを感じると思う。
”ヤレヤレ峠”からは樹林帯の中を緩やかに下って行く。
沢音が大きく聞こえて来ると急な下りに転じる。
登山道としてはこの岩が一番の滑り易い難所であった。
どこに足を置いてもズルズル状態だったが何とか通過出来た。
大きく下って沢に下り立つ。 怒号を上げて流れる沢水を見て 「これじゃ
渡渉は無理、ここで終りか!」と思ったが、沢沿いに登山道が伸びていた。
沢沿いの道を少し進んで行くと前方に吊橋が見えて来た。 登山道はちゃんと整備されており渡渉はしなくて良いんだ。 沢はかなり怒っており恐ささえ感じる水量だ。
”一号”と書かれた吊橋は鉄骨とワイヤーで
しっかり作られているが踏み板が頼りない。
横木も心配になる程に細かった。
少し歩くと同じ作りの”二号吊橋”が出て来る。
沢マニアの自分としては嬉しい光景であった。
”二号吊橋”を渡る。
怒号を上げている沢を撮りたくて吊橋の真ん中でカメラを向けるが、
揺らさない様に力を入れる程に逆に揺れてくる。
茨城県の鬼怒川が決壊したと聞く。 ここでは綺麗な沢水であるが、鬼怒川の決壊では泥水が濁流となっているんだろう。 お見舞い申し上げます。
又、吊橋が出て来た。 何箇所、吊橋が出て来るのだろうか? これで終りか?
”三号吊橋”を渡る。 作りはまったく同じだった。
登山道は沢水が来ない所に巧く設けられている。
アルミ梯子が出て来た。 それより手前のトラバース路は
ほとんど道巾が無くなっていた。
1時間36分にて ”四号吊橋”を渡る。
”四号吊橋”を渡ってからは樹林帯の中へ入って行く。
もう一つの目安である ”ウソッコ沢小屋”が見えて来た。
1時間45分にて ”ウソッコ沢小屋”に着く。 無人避難小屋であるが、
中は綺麗な状態が保たれていており充分宿泊可能だった。
”ウソッコ沢小屋”の裏側から下って行くと ”五号吊橋”を渡ることになるが、
これが ”ウソッコ沢”なのか?  相当怒っている感じがする。 今日一番の怒号だった。
吊橋の真ん中から滝壺側を見るが、水量が多くて滝壺としては見えない。
真に景勝地であり、これが無名滝なんて勿体無い話しだ。
”五号吊橋”の上流側は大きな滝になっていた。 落差は小さいが圧倒される水量で迫力満点である。 吊橋の真ん中から見ているので揺れて写真が巧く撮れない。
吊橋から下流側を見るが、見事な渓谷となっていた。 しばらく見入ってしまう。
三段に渡る長い鉄製階段が出て来たが、下部は木梯子で補修されていた。 所が補修の梯子が頼りなさ過ぎた。
鉄製階段は材料節約なのか間が広過ぎる。 今日は乾いているが雨でも降れば滑って足を踏み外しそうだ。 踏み外せば男性なら股間激突か? 痛い!
怒り捲くっている ”ウソッコ沢”から離れて行く。
”1000m”から始まって所々に標高表示があったが、
これが一向に増えていかないので返って精神的に悪い。
登りが続き ”ツライ!
ひと言  ”ツライ!
2時間36分にて、休息所になるのか ”中の段”に着く。
特に何も無いので通り過ぎる。
”中の段”からもしばらくは急登が続くが、
その内、登り勾配が緩くなり助かる。
歩きながら休憩出来る水平道の途中に ”もうすぐ横窪沢小屋”の標識が出て来た。 ”がんばれ〜 あと10分”は嬉しい表示であるが、
ここまで登り続けて来ると、あと10分が途方もなく遠い。
初めてハイカーに抜かされる。 抜かされるはずでもの凄い俊足の
若者だった。 あっと言う間に姿が見えなくなる。
3時間02分にて ”横窪峠”に着くが、何を指して峠なのかは
判らなかった。 ここからは一部展望が開けていた。
”横窪峠”から見えていた展望。
方向から ”上河内岳”と思われるが確信は無い。
”横窪峠”から ”横窪沢”に向けて下って行く。
鉄製のしっかりした橋を渡る。
綺麗な沢水と沢音で気持ちが癒される。
”横窪沢小屋”が見えて来た。
埼玉からの俊足あんちゃんが休息している様だ。
3時間23分にて ”横窪沢小屋”に着く。 小屋は既に営業を終えていたが、避難小屋としては開放されていた。 埼玉からのあんちゃんが朝飯としていたので、おいらもサンドイッチで朝飯とする。 埼玉からのあんちゃんはテントと縦走5日分の食料を背負っているらしく、それでもあれだけ早く歩けるのだから圧倒的な体力差(年齢差)を感じた。
”横窪沢小屋”からはしばらくの水平道から急登に転じる。
途中に”休み場”があったが、休息ベンチは朽ちており座れる様な状態ではなかった。 ”大無間山がみえるヨ”の表示が無ければ見逃していたかも知れない。
”大無間山”がこんなに近いんだ! と驚く。 今年中に登りたいと思っていたが、崩壊帯が更にひどくなっているとのニュースで躊躇している。
足が進まなくなって来た。 何度も立ち止まりながらの歩きとなる。 やはり小屋で休憩したのが不味かった様だ。 それに寝不足も重なっているのかも知れない
4時間33分にて横窪沢小屋と茶臼小屋の”中間点”に着く。
ちょっとした広場になっており、倒木のベンチがあったが倒木と言うよりも朽木であり座る気にはなれない。この直ぐ上が水場になっていた。
”水場”はごみ捨て場の様に汚かったが、綺麗な水がこんこんと湧いていた。 今日は涼しいので水の消費はまったくないが、このコースは水場が多く暑い日には有難いと思う。
急登続きで足が進まなくなる。
休憩とまでは行かないが立ち止まることが多くなる。
5時間03分にて、何なのか判らない”樺段”に着く。 茶臼小屋まで
は残り1/4の場所らしいが、この残り1/4の距離に苦しめられる。
おっ! これが”茶臼岳”なのか?
体力計はエンプティを指しているので、
10分では到達出来ないかも知れない。
あそこを越えると ”茶臼小屋”が見える匂いが
して来た。
頼むから裏切らないでくれ。
おお! あれが茶臼小屋か!。
遭難した訳では無いが助かったー!の思いが湧いて来た。
5時間51分にて ”茶臼小屋”に着く。 名前から古臭い小屋のイメージがあったが、立派な建屋だった。 2食付き8500円の宿泊手続きをすると
本日一人目の宿泊者だった。 部屋には入らずに、そのまま茶臼岳に向う。
時間はまだ10時41分、充分に往復3時間の ”上河内岳”に行く時間はあるのだが、残念ながら体力がまったく残っていないので ”茶臼岳”だけを済ましておくことにする。
俊足の埼玉からのあんちゃんは既にテントを張り終えて ”光岳”に向おうとしていた。 光岳へ往復してからは南アを全山縦走して甲斐駒まで行くと言われていた。 これが山男の姿なのだろう。
鉛を付けた様な足で”茶臼岳”に向う。
分岐に向っている時の展望からは、どれが ”茶臼岳”かは判っていない。
天気を選んで来たとは言え、最高の天気に出合えた。
聖岳〜光岳の縦走路である分岐に出る。 ここからは南アの多くの
有名山が望めたが、富士山はガスでまったく見えなかった。
分岐から北方向には明日登る予定の ”上河内岳”更に奥には日本百名山の ”聖岳”
”赤石岳”もばっちり見えた。 明日もこの天気なら良いのだが〜
同じく分岐からの南方向、これから登る”茶臼岳”を見る。
一般的な茶臼岳、茶臼山の名前から穏やかな山頂を想像していたが、結構な岩山に見えた。
高山帯に入っているので展望が良い縦走路を穏やかに登って行く。
登り途中から西方向を見るとしらびそ山荘からの尾高山、奥茶臼山が
見えたが、更に西の鬼面山はガスで山頂部は隠れてしまっていた。
ハイマツの中に金色のきのこが生えていた。
本当に金色だったので驚いたが ”コガネタケ”と
言う種類のキノコがあるらしい。
縦走路は小さな岩峰を抜けて行く。
誰も居ない山頂が見えて来た。
6時間37分にて ”茶臼岳”(2,604m)に着く。 茶臼小屋で宿泊手続きをしたので実質はもう少しだけ短い時間で登れている。
南ア特有のお団子山頂標識もちゃんとあった。
しっかりと”光岳”の方句指示もあった。 茶臼小屋から光岳への往復は12時間らしい。 つまらない山なんですがね〜
山頂から光岳への縦走路を見る。 既に俊足あんちゃんの姿は見えない。 さて何時間で帰って来るのか?
盆栽好きなおいらには溜まらない風雪に耐えた樹木が点在していた。
この樹姿を盆栽で出せれば数万円の価格が付きそうだ。
下山時に再度、”上河内岳”からの南アを眺める。
”兎岳”方面にはガスが上がって来た。 左下が縦走路の分岐点となる。
小屋に戻った時はまだ12時07分、充分に日帰り出来る時間であるが、日帰りする体力はどこにも残っていない。 小屋泊りが必要な年齢になっ
てしまった。
分岐点からの下り時に ”茶臼小屋”を見る。 天場のオレンジ色のテントが俊足あんちゃんの住居である。 現在、テントは3張であるが、この後どんどんテントが増えていく。
トイレは小屋の外ではあるが、立派なトイレだった。
夜にはトイレまでの道にライトが点くのに感激。
小屋周辺は沢水が豊富で¥400の缶チューハイも良く冷えていた。
宿泊者一人目なので富士山が見える部屋を頼んだ。
寝具は安物の羽毛シュラフ、宿泊者が少ないのでもう一つのシュラフを枕にすることが出来た。 宿泊者が増えていったがこの部屋には3名の宿泊者のみ。 いびきがうるさければ他の部屋に移動することも出来る。
はやり山小屋での宿泊は平日に限る。
時間潰しに今日の宿泊者と談笑する。 小屋泊りの人は7名、右の二人はテント泊者。 南アの中間に来るハイカーの経歴が皆凄い。 北海道から来られた真ん中の御夫婦は明日、光岳で99山、鳳凰三山で日本百名山を達成するらしい。 左の方も北海道から来られて、明日は光岳に行くと言う日本百名山狙いの方だった。 テント泊の方は南アに入って1週間は経つと言っていた。 最近、山の話しに付いて行けるのが嬉しく思う。
夕食は5時から。食事が出て来て一同びっくり。刺身が3種付いていたのだ。しかも御飯はチャーハンと白飯が選べた。ゼリーも付いていた。
チャーハンをお代わりしたがおかずが多過ぎて食べ切るのが苦しかった。消灯は8時、それまでは山談義で盛上がった。