〔067〕焼 岳 (2,393m)
1969年05月02日
山登りの経験も装備も無いが、上高地、小梨平にテントを張り、残雪多き焼岳、西穂高に登る。
河童橋を渡り梓川沿いにウォルターウェストン碑前を通り、地図を持たない為、何度も道を間違へ、残雪の登山道を滑りながら登っていく。天気は良いが気温は低く寒い、中尾峠で地面から蒸気が出ている箇所があり、近くに寄ってみると暖かい、暖を取っているうちにKとSは本気で寝てしまった。
ろくに道もなくガラばで登りがきつくなってきたので、止めようかと言いながら、後チョットだけと進んでいると山頂に着いてしまった。
焼岳は活火山で火口の底からは噴煙が出ており、ゴォゴォと音を立てている、周辺は地熱が高いのか残雪はない。
山頂から見る乗鞍岳、穂高連山は真っ白に雪を被り美しい。登りと違い、下りは俄然元気になり残雪を走り回って降りる。
5月の上高地は周辺の山が残雪に覆われ目が覚める景色だった、小梨平まで車を乗り付けることが出来重いテントを持ち歩くこともなく楽しい3日間のキャンプが出来た、現在の上高地は自家用車の乗り入れが禁止されているし、焼岳も登山禁止と聞く。(現在は解禁されている)
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長野県松本市

標高差:890m
Road Map :目的は上高地でのキャンプであったが、道中、観光しながらのドライブとなった。現在は上高地へマイカーは入れない。
Route Map:上高地、小梨平キャンプ場をベースに中尾峠を経由して往復する。
日本百名山』  目的は上高地でのキャンプだったが、暇潰しに焼岳に登ってみた。
最高峰は南峰(2,455m)
当時は釜トンネルを抜けてマイカーで上高地に入れた古き良き時代だった。
小梨平キャンプ場にテントを張る。駐車場の直ぐ横であり荷物を運ぶことなく設営が出来た。横には梓川の支流が流れており雰囲気は最高の場所である。
キャンプファイヤーをして一晩しょうもない話しで盛り上がる。
ケロケロジャンプ大会は楽しい思い出となる。
焼岳登山当日も良い天気になってくれた。
カラー写真でないのが残念であるが、目が覚めるような穂高連山の景観が広がっていた。
本HPの写真は白黒写真を画像処理ソフトで疑似カラー化している。
何時にキャンプ場を出発したのか記録は無し。
途中、梓川で休憩し、噴煙を上げている焼岳を見る。
山に興味は無いのでウォルータ・ウエストン氏が何者かはまったく判らない。碑があったから記念撮影しただけ。
運動靴で残雪に苦労しながら中尾峠に辿り着いた。霞沢岳の下には梓川が見えている。周辺は火山性のガスの為か立ち枯れが目立つ。
下から温風が出ている岩を見付けた。”サウナみたいで気持ちいいなぁー”と言っている内に二人は本当に眠ってしまった。毒性ガスだったらどうするの。
梓川を挟んだ対岸には霞沢岳からの山脈が連なっている。気良く景観は最高である。
登るに従い残雪は減ってきた。この辺りに登山道は無く、山頂目指して適当に登っているだけ。
山頂直下で昼飯にする。お弁当は朝にご飯を炊いて弁当箱に詰め込んだもの。おかずは無く、飯だけの弁当。
何時間掛かっただろうか、焼岳の北峰に着く。
焼岳の火口縁を見る。左端が焼岳の最高峰、南峰(2,455m)であるが、
この時点ではそんな知識がまったく無く焼岳に登ったとの認識だけ。
火口に飛び出した岩で記念撮影。この下はオーバーハングの絶壁。
眼下には梓川、遠方には乗鞍岳が望める大展望。
やけだけ
「日本百名山から」
焼岳は微妙な色彩のニュアンスを持っている。濃緑の樹林と、鮮やかな緑の笹原と、茶褐色の泥流の押し出しと、
そういう色が混ざり合って美しいモザイクをなしている。しかも四季の推移によって、そのモザイクも一様でない。
本HPは白黒写真を画像変換ソフトで疑似カラー化しています。
国立公園である上高地で焚火が出来るなんて最高の幸せである。
運動靴に綿のGパン、とても残雪山に登る格好ではない。
我々はザックも持たないハイキングの格好であるが、
登山の格好をしているハイカーも登って来た。