〔063〕槍ヶ岳 (3,180m)

標高差:1,680m

2007年11月02日


日本百名山に戻る

長野県松本市
1日目、登り:7時間25分
2日目、下り:6時間10分(天狗池往復に+1時間11分)

前日の移動
上高地から登ろうとした場合、自家用車で入ることが出来ないのでシャトルバスに乗る必要がある。シャトルバスは安房峠を境に西側に平湯、東側に沢渡のバスターミナルがあり、関西からの交通の便では平湯であるが、始発時間を見ると、沢渡5時00分に対して平湯は7時00分となっている。行程時間を稼ぐ為には安房峠(トンネルは高いので使わない)を越えて沢渡で車中泊とする。沢渡周辺には無料駐車場は無く、500円/日の駐車場代を払うことになる。正に観光地化されている。

「日本百名山」から
私たちがどこかの山へ登って「あ、富士山が見える!」と喜ぶのと同様に「あ、槍が見える!」という叫び声を聞く。実際、そのユニークな岩の穂は見紛うことはない。ひと眼で認め得るのである。どこから見てもその鋭い三角錐は変わることがない。
Road Map :東海北陸道を清見ICで下りて、上高地へのシャトルバス乗り場である沢渡大橋の駐車場へ向う。
Route Map:上高地を基点に明神〜徳沢〜横尾の長い林道を歩き、槍沢ロッジを経由して同じコースをピストンとする。
上高地 明神 徳沢 新村橋 横尾 槍沢ロッジ ババ平 天狗分岐 播隆窟 槍岳山荘 登頂断念
6:00 6:48 7:30 7:48 8:20 9:51 10:24 11:29 12:45 13:07 13:25
槍岳山荘 播隆窟 天狗分岐 天狗池 天狗分岐 ババ平 槍沢小屋 横尾 新村橋 明神橋 上高地
7:40 8:20 9:04 9:37 10:15 11:00 11:20 12:36 13:22 14:12 15:01
日本百名山』  百名山は目標であり,目標設定にて士気が上がる
今日の泊り客は
部屋にはストーブが無いので、皆が食堂のストーブに集まり山談議に花が咲く。この季節に槍まで来る人の経歴はすごく、ほとんどの人が縦走経験者でピストンしかしない俺は話しに付いて行けない。只一人、ユニークなのが左端の京大生で、山経験がほとんど無いのにテントを担いで冬山とも言えるこの季節に来ている。昨日は流石にテントでは寒くて今日は山荘泊りにしたらしいが、予定外の出費で飯代が無いと自炊していた。
話しをして見ると山荘への登り斜面で遅かったのは彼らしく、4本爪のアイゼンし持って来ていなかったので岩登りスペシャリストの右端のあんちゃんにステップを切って貰って登り切ったらしい。彼には紅茶を2回も御馳走になり美味かったです。
槍岳山荘の食事は
質素だし、美味いとは思わなかったが小屋泊まり経験者に言わすと北アルプスではこんな物らしい。
トイレは
バイオトイレであるが若干臭いはした。ただ、薬師沢小屋の様に吐き気のする殺人的な臭いで無く、充分我慢出来る範囲だったので助かった。しかし、ハイシーズンになれば気温と処理能力でこれも判らない。
部屋は、ふとんは
山荘はガラガラなのに御夫婦以外の5人は一つの部屋に押し込められた。敷きふとん1枚に掛けふとん2枚で部屋は暖房無しの室温5℃であったが、ふとんに入れば暖かかったし、一部屋に5人詰め込んだのも室温も上がった様だ。詰め込みとは言え、一人にふとん一枚のスペースがあり、ゆっくり寝ることが出来た。
1日目、登り編
沢渡大橋5時30分発のシャトルバスに乗り、6時丁度に上高地に着く。乗客は俺を含めて3名のみ。38年振りの上高地に当時の面影は無いが吊り尾根のシルエットは同じである。生憎の曇り空に水の綺麗な梓川は冴えない。
梓川の左岸をひたすら歩くのみ。小型のタンクローリが走り去ったのにはムカつく。穂高連山はガスに覆われ山頂までの展望は無し。
紅葉は終わり黄葉も終盤であろうが、しぶとく頑張ってくれている物もある。日差しの無いこの天気では黄葉も冴えない。
48分歩いて”明神”に着く。ここまでまったくフラットな道を歩き続けただけ。面白くもなんとも無い。
52分で”徳本峠”の分岐に着く。釜トンネルが出来る以前にはこの峠で上高地に入った様だ。
明神池は対岸なので下山時には寄ってみたい。
樹林が切れると対岸の綺麗な黄葉が拝める。今日は晴れてくれるのだろうか。
寒波が来るとの話しもあり、どの程度冷え込むか心配だ。
気温は4℃、歩くのには最適な気温であるが、既にジャンバーは脱いでいる。上着も脱ぎたいが小さなザックに入らないので暑いのを我慢して歩く。
1時間30分にて”徳沢”に着く。ここまで歩いて標高をまったく稼いでくれない。林道に小さく”この先は自転車は御遠慮下さい”の表示があった。と言うことはここまで自転車で来て良いんだ。
1時間48分にて”新村橋”に着く。下山時はここから右岸に渡りたいと思う。
新村橋で陣取って写真を楽しんでいる人々。後から少し揺らしてやった。
悪くない景観であるが同じ景観が続くので、もうええわ!の感じで飽き飽きしてくる。
2時間30分にて”横尾”に着く。横尾山荘は改修中で利用出来ない。手前の汚い小屋は避難小屋。
”横尾大橋”前で休息しているじいちゃん連中。ここの標高は
1,615m、ここまで2時間30分歩いて稼いだ標高はたったの
115m。俺はウォーキングに来たんとちゃうぞ!の感じ。
横尾までは林道であったが横尾からは登山道となる。両側に笹原が広がり樹林帯で面白い道ではない。勾配はしばらくはなだらかに続く。
この表示の距離数を見て愕然とする。残りの11kmで残りの標高を稼げと言うのか。それより片道22kmの距離には恐れ入りました。
途中、槍の穂先が見えたが、まったくのピンポイントでここの前後ではまったく見えない。しかし、よく尖がっとるなー。
”一の俣”の橋を渡る。登山道はまだまだフラット。
”二の俣”の橋はユニークな作りで手摺りが無ければ一本橋だ。
渡るには結構神経を使う。
沢水が綺麗だが曇り空なのでイマイチ冴えない。
立ち小便をしている訳では無く、赤い実を写そうとしているだけ。この人とは下山時も偶然一緒になる。
横浜からの重装備のヤマラーとしばし一緒に歩く。天狗池に写真を撮りに来たらしい。天狗池がどこにあるのか俺には判らない。
”槍見”と書かれた岩があり、ここもピンポイントで槍の穂先が拝めた。しかし、まだまだ遠いし、標高を稼ぐのもこれからか。
3時間51分で”槍沢ロッジ”に着く。ここまでは綺麗な沢を見ながらの登りが続いた。ひょっとしたら日帰り出来るかも知れないとの密かな思いがあり、ここまでは休憩無しで歩いて来たが、既に4時間が経ってしまった。6時間以内で槍岳山荘に着けば日帰りする予定。
4時間24分にて”ババ平”に着く。ここには石積みの旧槍沢小屋があり、今はテン場になっている様だ。休憩している多くの人は槍沢小屋の撤収準備をしている作業員。湧き水も殆んど出なくなったと言っていた。ここから槍はまったく見えない、登山道は前方の山を越えて行くのか?
槍見岩の附近にも槍状の岩峰が多く、これを見るだけでもすごいなー!と感じる。
ここまでは積雪は無いなーと思っていたが、大曲を過ぎると前方に真っ白に積雪した山が広がり、本当に登れるのか心配になってくる。
登山道は左の谷を入って行く様であり、そこを”大曲”と言っている様だ。
小さなザックでメチャクチャ足の早いあんちゃんに抜かされる。
足はメチャクチャ早いのだが、どこかでタバコ休憩しており、その時に抜くが、又、抜き返される。正にウサギとカメだ。
南岳の坂本さんかと思い声を掛けてみると、坂本さんの知合いの槍沢小屋の従業員だった。坂本さんは既に槍岳山荘に入っているらしい。
5時間29分にて、岩に”天狗”と書かれた分岐に着く。横浜からの人はここから天狗池に行く様だ。天狗分岐から登って来た大曲を振返り見る。ここの時点で日帰りを諦めて、小屋泊まりにすることに決める。(体力的に泊りでないと無理と判る)
6時間03分、”グリーンバンド”に着く。12時になったので、ここで槍沢小屋の三宅さんと昼飯にするが、昼飯を持って来ていないのであん餅を2ヶ食べるのみ。雪面は凍っているのでここでアイゼンを付ける。持って来て良かった。三宅さんは680円の長靴で暇だからここまで散歩に来たらしい。ここから引き返して行った。
6時間45分にて”播隆窟”に着く。中を覗くと結構広いが,
53日間も篭るとは暇なおっさんだったんだなー
播隆上人”は笠ヶ岳への道も上高地をも開いた日本の偉大な
アルピニストだったらしい。しかし、登山道の無い槍ヶ岳や笠ヶ岳に登るなんて、我々ハイカーはなまっちょろいね。
グリーンバンドまでは休憩無しで歩いたが、
小屋泊まりと思った瞬間からテンションが
下がり、登りがきつくなるのと相まって足が
進まなくなる。
”槍ヶ岳”は眼前に迫ってきたが、それより先に槍岳山荘までの急登をこなせなければならない。
上方に二人登っているのが見えたが、全然進んでおらず、どんどん追い付く。それもそのはずで、薄く凍った雪面にステップを切りながら登ったらしい。お陰でそのステップを使って後を付いて行くことが出来たが、それでもステップが切れていない硬い雪面があり、おっかなびっくりで登っていく。
”エビの尻尾”練習中の氷の花が咲いていた。
こちらは”つらら”練習の氷。
登って来たカールを振返り見る。今日は何とか登り切ることが出来たが、明日の下りが心配だ。
7時間07分で”槍岳山荘”に着く。山荘に宿泊申し込みをする前に山荘北側の展望を眺める。北面に三俣蓮華、鷲羽岳、水晶岳が見えているはずであるが、気温−5℃、寒くて山名同定する気になれない。兎に角、山頂に立たなければと、ザックをデポして槍にアタックする。
積雪してからは誰も登っていないのか、下から自分の踏み跡がはっきりと見える。踏み跡から赤丸の所で引き返している。
槍への登り途中から山荘を見る。足元の積雪はしょうがないとして、グリップする岩に氷が張り付いており、登るに従い危険性を感じてくる。この時点で下から見てくれている人は誰も居ない。頑張れば登り切れるであろうが、下山時が危険そうなので、残念ではあるが約1/3の地点で断念することにする。ここからの下りも怖かった。今回、俺は逃げるが山は逃げない、又、安全な時にチャレンジしよう。
途中で諦めると思っていたが、アイゼンが外れるアクシデントがありながら、時間を掛けて登って行っている。
止めとけ!”とは言ったが右の自称、岩登りスペシャリストとそれに付いて行く真ん中のおっちゃんが登ると言い出した。俺は先程の恐怖感がまだ残っており、左の大学生と下から見守ることにした。
二人で氷を払いながら助け合って、1時間程掛けて登り切ってしまった。後で知ったことだが、二人は今日、知合ったらしい。山頂でビデオを撮って下山するが、下山にもすごく時間が掛かっていた。
素人がここまで冒険をする必要があるとは思えないので後を追うことはしない。
まさに鳥取の大山以来の怖さであるが、大山は安全にはなってくれないが、槍は夏になれば安全に登らせてくれる。
今日の山荘の泊り客はこの人達ともう一人の7人のみ。早速、登頂話しで盛り上がるが、危険を感じ相当怖かったらしい。兎に角、事故が無くて良かった。
左の赤い建物は”殺生ヒュッテ”、その上に”ヒュッテ大槍”が見えるが、共に小屋終いになっている。
2日目に続く
凍て付く”槍ヶ岳山荘”と薄くガスった”槍ヶ岳”を見る。氷さえなければ登れたのだが、思い出すだけでも恐怖心が戻ってくる。
”飛騨乗越”の向こうには”大喰岳”。”穂高岳”は雲海に浮かんでいる。
”ババ平”からは山越えに見えたが、沢沿いに進んで行く道だった。大きく曲がって行き、
景色が刻々と変わっていくので”大曲”を実感させてくれた。
”赤沢山”の麓を周り込んで行く。
ガレた登山道を進んで行くと、ここでもカラマツの黄葉が見ることが出来た。な
やりがたけ